CULTURE

文化・祭礼

人の「表現」をささえる現場。小美玉市・ぺんてる茨城工場

【NEWSつくば連載 日本一の湖のほとりにある街の話vol.35】

市教育委員会に配属されて十年余り。児童の絵画コンクールなどにも係る中で、近年、絵に親しむ子供が減っているという現実を痛感しています。背景には、娯楽の多様化や、カリキュラム・習い事の忙しさといった子供側の事情に加え、正解のない芸術を教える難しさという、大人側の都合もあるのかもしれません。加えて、当世を席巻する「タイパ・コスパ」志向とこの分野の相性の悪さも、無関係ではないでしょう。

しかし、自らのさまざまな感情を、絵の具をはじめとする多様な媒体に託して表現するという営みは、ラスコーやアルタミラの壁画を持ち出すまでもなく、極めて普遍的で、人間の根源的な喜びに満ちています。そうした「表現」の衰退を、寂しく思いつつ眺めていました。

今回は、その「表現の力」を支える現場のひとつ、小美玉市のぺんてる株式会社を、同社研究開発本部長の名須川さんに案内していただきました。クレヨンでおなじみのぺんてる。多様な文房具を通して日本の教育を支えてきた同社の国内最大の生産拠点が、1964年に稼働を開始したこの小美玉工場です。

現在まで続くベストセラー、サインペンの生産拠点として、東京ドーム1.5個分の敷地に設立された工場では、創業当初、100人で1日1万本を製造していたところ、現在ではわずか2人で1日6万本を生産しているとのこと。サインペンに加え、ボールペンやクレヨンなど主力製品の多くが、ここで作られています。

最初に案内されたのは、ロングセラーであるサインペンの製造ライン。1980年代製の武骨な組立機はいまも現役で稼働し、流れるような動きで次々と製品を生み出していました。隣の最新式ボールペン「エナージェル」のラインには、自社開発の組立機が整然と並び、部品が驚くほどの速さで形になっていきます。こうした機械の多くを自社内で作っている点も、同社の大きな強みだといいます。

続いて向かったのはクレヨンの製造現場。顔料と油が混じった独特の香りが満ち、美術を学んでいた学生の頃の記憶がふとよみがえりました。三台の大きな円盤状の装置が止まることなく回転し、そのたびに一本一本、クレヨンが生まれていきます。

ドロドロに溶けたクレヨンの原料が型に下から注ぎ込まれ、一周する間に冷えて固まり落ちてくる様に、思わず目は釘付けに。色を切り替える際には機械を徹底的に洗浄する必要があるため、同じ色を1〜2日かけて作り続けるのだといいます。さらに、色を製造する順番も厳密に決められており、約12日で12色が一巡する仕組みになっているとのこと。こうして、ベストセラーの「ぺんてるくれよん12色セット」の出来上がりです。

最新機器と歴史ある重厚な機械が並び立つ空間で、人の感情を伝えるための多彩な道具が今日も生まれ続けています。「これからも『表現の力』を信じて、文房具でも画材でもなく、『表現具』を作り続けていきます」——おだやかににそう語る名須川さんの表情に、これからも表現の灯が消えることはないという、確かな希望を感じた取材でした。

ぺんてる株式会社茨城工場:
所在地:茨城県小美玉市上玉里2239-1

本記事は、NEWSつくばにて連載のコラム「日本一の湖のほとりにある街の話」第35回記事です。
元記事はこちら→《阿見町に残る旧軍の掩体壕《日本一の湖のほとりにある街の話》35》

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