古代の大規模合コン「歌垣」@筑波山。桜川市・歌姫明神
筑波山北側山裾の小さな神社、桜川市の歌姫明神(うたづめみょうじん)は、古代の男女交際のレクリエーション「歌垣」が行われていた場所と伝えられています。歌垣は、男女が互いに恋の歌を掛合い、意気投合したら男性から女性に贈り物を送り、受け取ってもらえたら婚約が成立、というなんともロマンチックな祝祭です。
筑波山は、古代から大規模な歌垣が行われている場所として万葉集にも記されており、春と秋の農閑期に、約170km離れた箱根からも人が集ったとされます。その規模は、数千人から一万人規模に及んだとも!この歌姫明神も、そうした場所の一つだったのでしょう。
集う人々は、異性を引き付けるため、様々な歌を練習し、男性は女性への贈り物を携えて集ったそうです。蝉時雨のように恋の歌がそこかしこから飛び交う様は、さぞかし賑やかだった事でしょう。
ところでこの歌垣は、一部で性的開放の場、ともされています。それを明確に示す根拠は発見されていないそうですが、おそらく万葉集にうたわれた、高橋虫麻呂(たかはしむしまろ)の次の歌からの連想ではないかと思われます。
鷲の住む 筑波の山の 藻羽服津(もはきつ)の その津の上に 率(あども)ひて 未通女壮士(をとめをとこ)の 行き集ひ かがふ嬥歌(かがい)に 人妻に 我も交(まじ)らむ わが妻に 他(ひと)も言問へ この山を 領(うしは)く神の 昔より 禁(いさ)めぬ行事(わざ)ぞ 今日のみは めぐしもな見そ 言(こと)も咎(とが)むな
(現代語訳)
鷲の住んでいる筑波山の藻羽服津の、その津の上に手をとりあった、若い男女が集まってきて、かがう嬥歌に、人妻にわたしも交わろう、わたしの妻に他の男もいい寄れ、この山を支配する神が、昔から、禁止しない行事だ。今日ばかりは、何もみるな、とがめだてするな(訳:辰巳正明)
歌垣は、未婚の男女の恋の場でありつつも、そうでない老若男女も集う場所でした。現代の個人の自由意思に基づく婚姻制度(※1)とは全くことなり、村長や家長により決定される婚姻関係が背景にあった古代において、そのようにして自分の意に添わず定められた相手でなく、真に愛する人を仮想し、恋慕の情を発露する場が歌垣だったそうです。
したがって、性的開放の場というのは誤りであり、老いも若きも、既婚も未婚も、あくまで一個人に立ち返り、恋情を歌うのが歌垣であったと「歌垣 恋歌の奇祭をたずねて」において辰巳正明(※2)は述べています。
真に愛する人を仮想し、恋の歌を歌いあう…現代的感覚からすると、なんとも切なく、気恥ずかしくも感じるところです。しかも大勢の人の面前で。
私なぞはきっと、たとえ仮想の想い人であったとしても、まともに顔を向けることも出来ず「風に散る 花橘を袖に受けて 君が御跡と 思(しの)ひつるかも(風に散った橘の花が袖にとまりました。この甘い香りを思い出のよすがに、これからもあなたを恋い忍ぶことといたしましょう)(万葉集・詠み人知らず)」などと、照れ隠しに歌う事しかできなかったでしょう。ああ現代人で良かった。
※1.一夫一妻制度が、個人の自由意志による恋愛感情に基づいてなされるという「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」は、日本においては1950年代以降に欧米に倣う形で普及した日の浅い概念。遠い未来では、今の恋愛事情なども「なんて不合理な感情!」と驚かれているかもしれません。出生時点で、AIがDNA等の解析により自動的にパーフェクトなマッチングをしてくれて、人間がイチイチ想い悩む必要ナシ!みたいな。それがユートピアかディストピアかは分かりませんが。
※2.古代の結婚が個人の自由意思に基づかなかったとされる一方、「源氏物語」に見られるように、男性が意中の女性のもとに通う形で成立する「夜這い婚」は、貴族のみならず庶民でもみられた習慣ともされています。そうした部分と、辰巳が述べる古代の婚姻制度との整合性は、調べても分かりませんでした。ご存じの方おられましたら、ぜひ情報提供フォームからお寄せください。
※3:参考文献 歌垣 恋歌の奇祭をたずねて 辰巳正明著 新典社新書
歌姫明神:
所在地:茨城県桜川市真壁町羽鳥
桜川市:
筑波山の北麓に位置する,山と里の景色豊かな桜川市には,茨城県内唯一の重要伝統的建造物群保存地区・真壁の街並みをはじめ,歴史を感じさせる風景が多く残されています。
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つくば市:
万葉の昔より信仰の対象とされてきた名峰・筑波山の南麓に位置し,数多くの研究機関が集積する科学の街・つくば市。研究所をまわる夏休みのサイエンスツアーも大人気です。
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