幻の酒米による馥郁たる味わい。石岡市・府中誉

【NEWSつくば連載 日本一の湖のほとりにある街の話vol.19】
年が明け、新酒の季節。今回は「関東の灘」とも称され、古くから酒造りの盛んな石岡市での取材です。向かった先は安政元年(1854年)創業、幻の酒米「短稈渡船(たんかんわたりぶね)」を復活栽培し、吟醸酒「渡舟」を醸造する蔵元・府中誉。代表取締役の山内孝明さんにお話を伺いました。

山内さんは府中誉の7代目。大学卒業後に都内の酒卸問屋で3年間勤務した後、茨城の酒米でおいしい地酒を造ろうと青雲の志を抱き、平成元年に家業である酒蔵に入りました。ところが、すぐに壁に突き当たります。当時、蔵で使用していた酒米の全てが他県産であり茨城県産の酒米は一粒もなかったのです。そのころ茨城県内では酒米の栽培はゼロに等しく、地元の米で美味しい酒を造ろうと意気込んでいた山内さんは、その現状に大きなショックを受けました。

そこから山内さんの、地元での酒米栽培への挑戦が始まります。ある時、偶然に出会った農業技術者の方から、現代では栽培が途絶えている明治・大正期の優秀な酒米の種もみが、つくば市のある研究所に保存されていることを聞きつけました。早速そこを訪れ熱意を伝え、数々の課題を乗り越えた末にわずか14gの種もみを分けてもらうことに成功します。

それこそが「短稈渡船」。現代の「山田錦」の親系統にあたる品種で、明治・大正期には酒米として高い評価を受けていましたが、病虫害に弱く、倒伏しやすいなど栽培面の困難さから約70年間作付けされることが無くなっていた幻の酒米でした。それから、分けてもらったわずかな種もみを大切に増やし、タンク1本仕込めるようになるまで3年の時を要したそうです。

こうして復活した幻の酒米「短稈渡船」。山内さんはこの酒米で醸した吟醸酒を「渡舟」と命名しました。「渡舟」は、今では同社の代表的銘柄として広く人気を集め、国内はもとより米国・香港・シンガポールなど海外にも輸出され、国際的な権威ある品評会IWCでもゴールドを受賞するなど、世界でも高い評価を受けるまでに成長しています。

ところで一人の酒好きとして気になっていたことが、日本酒全体の消費量が近年、減少傾向にあるという点。この事に対して蔵元としてどのようにお考えか、今回の取材でぜひ伺ってみたいと思っていました。

この点について山内さんは、未来を見据え次のように語ってくださいました。「生活スタイルが多様化した現代、日本酒の消費量全体の減少は残念ながら致し方ないこと。しかしその一方で、我々地酒蔵元が醸す吟醸酒・純米酒など高品質で芳醇な日本酒に価値を感じてくださる愛飲家層は増え続けていると感じています。また海外での日本酒人気の高まりは、我々蔵元の酒造りへの真摯な姿勢と、日本酒にしか表現できない繊細で芳醇な味わいが評価されたものと思っています。今後もそうしたお客様の期待沿うべく、一層高品質の美味しいお酒を醸し続けていきます」

そんな、日本酒愛飲家に大人気の吟醸酒「渡舟」。コラムの執筆にあたり、その味を知らずに書く訳にはまいりません。現在、体調面でお医者さんより禁酒を言い渡されておりますが、取材の夜、今日位はとその禁を破り、いそいそとアテを用意し「渡舟 純米吟醸五十五」を頂きました。

一口含むと、その口当たりの良さとまろやかなお米の味わいが口中にスっと広がり、お酒も肴もすすむすすむ。一晩で、ここ数年の禁酒分を取り戻すかのように呑んでしまいました。新年のお祝いに、日々の癒しのひと時に。地元蔵元の情熱がよみがえらせた豊かな味わいを、ぜひお楽しみください。

本記事は、NEWSつくばにて連載のコラム「日本一の湖のほとりにある街の話」第19回記事です。
元記事はこちら→幻の酒米を使った石岡の吟醸酒「渡舟」《日本一の湖のほとりにある街の話》19

府中誉:
所在地:茨城県石岡市国府5-9-32

石岡市:
霞ケ浦西浦から筑波山の間の肥沃な土地に恵まれ、各種果物や清酒どころとして知られています。常陸国発祥を伝える多くの史跡のほか、市街地のレトロ建築物も人気です。
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