日本考古学の原点。美浦村・陸平貝塚

JRAトレーニングセンターと並び、全国に名高い美浦村の地域資源「陸平貝塚」。縄文時代早期(約7,000年前)から後期(約3,500年前)のものとされるこの貝塚、大森貝塚を発掘したエドワード・モースに学んだ佐々木忠次郎、飯島魁(いさお)により、初めて日本人のみで発掘調査が行われ、「日本考古学の原点」ともされています。後の平成10年(1998年)、国指定史跡となりました。

しかし、発見から国を代表する遺跡として指定されるまでの道のりは、平坦なものではありませんでした。住宅団地開発計画の浮上と中止。「開発と保存は並列」をコンセプトとした、縄文遺跡を核としたリゾート開発が持ち上がりつつ、こちらも景気のあおりを受け頓挫。様々な波にもまれつつ、史跡は荒れた状態に。

そんななか、1995年に住民らにより結成された「陸平をヨイショする会」が、陸平貝塚を後世に残そうと、草刈りなどの保存活動や、縄文土器講座、様々なイベントなどを開始。こうした動きにより陸平への関心が高まり、遂に国の指定を受けることとなりました。

時は流れ現在、竪穴式住居が復元された史跡中央の原っぱは、樹々のざわめきと鳥のさえずりだけが響き、古に思いを馳せるにはうってつけの場所。日々の喧噪から離れ、リフレッシュしたいときに、ぜひどうぞ。

住所:茨城県稲敷郡美浦村大字土浦2359(美浦村文化財センター)

※毎年秋には、土器づくり・火おこし・コンサート等、様々なイベント盛りだくさんの「陸平縄文ムラまつり」が開催されています。

茨城新聞2020年1月9日版に、連載「日本一の湖の ほとりにある 街の話vol.07」として掲載されました。

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