花は嵐に散るけれど。さよならだけが人生だけど。土浦市・匂橋

土浦市・桜川の霞ヶ浦河口のほど近くに位置する「匂橋」。人と自転車のみ通行できる,昭和37年に架けられたこの橋は,そのレトロな雰囲気から,様々な映画のロケ地ともなっています。

やや低く,玉砂利が洗い出されたコンクリート製の欄干はレトロな味があり,その趣と相まって,橋の上から眺める両岸の桜並木は実に風情豊かです。

明治・大正期には屋形船も運行し,往時はさらに華やかだったとのことですが,現在でも400本以上並ぶ桜の連なりは十分にあでやか。橋の途中には数か所の張り出した部分があり,そこから眺める春の風景は格別です。

4月。新しい生活が始まり,一目でそれと分かる新入社員が街をそぞろ歩くこの季節になると,入庁以来感じ続けている,ある種の寂寥感が頭をもたげます。そんな時,決まって私はこの橋の中ほどから,夕暮れ時の川面と風に舞う花びら,奥の鉄橋を通り過ぎる電車を眺めながら,井伏鱒二の名訳で知られる漢詩「勧酒」を想います。

この杯を受けてくれ
どうぞ並々注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ
(于武陵・勧酒/井伏鱒二 訳)

かつて初めて勤めた職場は,所長の理想・夢に共感したメンバーが,その意思を実現させるための組織であり,所長の夢が終わるときがあれば組織も終わり。それぞれのメンバーは、代替の効かない存在として各自の職務に取り組んでいる、そんな場所でした。そして私は至極当然のように,仕事とはそのようなものだと捉え、自分も早くそうなりたいと思っていました。

一方,現在携わっている行政組織はまさにその対極。どんなにエース級の職員が離れようとも,皆に慕われた先輩が去ろうとも,日々の業務は何ら変わることなく進行していきます。滞ってしまっては円滑な市民サービスに支障をきたす訳であり,そのような組織体制は必然。延々と「さよなら」が繰り返されていく,そのような場所です。頭では理解しつつも,その二つの職業観の乖離を,長い間埋めることができませんでした。

「さよならだけが人生」。それは,確かに真理なのでしょう。けれども,現在の職場を去っていった同僚の様々な言葉や,身をもって示してくれた行動は,今も時によろめく私の背中を,静かに支えてくれています。

花は嵐に散りゆくけれど。さよならだけが人生だけど。去っていった人達から引き継いだものに,ほんの少しでも何かをプラスして,次の世代に引き渡すことができたなら。そうして今度は,私の言葉が・行動が,誰かの背中をほんの少しでも支えることができたなら。そんな職業人でありたい。春風に吹かれつつ川岸を行き交う人の流れを見やりながら,今は,そう願うのです。

匂橋:
所在地:茨城県土浦市桜町2丁目~下高津1丁目

土浦市:
霞ヶ浦西浦の西端に位置し,江戸の頃より茨城県南の要所として栄えてきました。ナショナルサイクルルート「つくば霞ヶ浦リンリンロード」の拠点となっています。
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