蝉時雨の中,狂気の記憶は黙してたたずむ。鹿嶋市・櫻花公園

鹿嶋市光の日本製鉄裏手。第二次世界大戦時,海軍航空隊神之池基地があったこの場所には,敵襲から飛行機を守るための“掩体壕(えんたいごう)”が十数基ありました。

そのほとんどが消失しましたが,現存する唯一の壕が公園として整備され,その中には白い飛行機のような物体が置かれています。

物体の名前は「櫻花(おうか)」。第二次世界大戦末期,戦局打開の切り札として開発された,特攻兵器の一つです。

櫻花には先端に1.2トンの爆薬,後部に推進用の固体燃料が詰まれています。飛行機の形をしてはいますが,推進は固体燃料によるロケット噴射であるため,航続可能距離はごく短距離でした。

このため,母機の下面に吊り下げられ,敵艦近くまで運ばれた後,切り離されて滑空,ロケットにより軌道を修正し,敵艦にパイロットもろとも体当たりするという,搭乗必死の狂気の兵器です。

アメリカ軍は,櫻花を日本語の馬鹿にちなみ「Baka Bomb」のコードネームで嘲笑する一方,その威力については重大な脅威を感じていました。

当時は,現在のような高精度の誘導ミサイルが存在しませんでした。このため,人間により操作・追跡を行う櫻花がどれほどの脅威であったかは,想像に難くありません。また,櫻花は小型・軽量であるため速度が非常に高速であり,最高速度は時速983kmに達しました。ひとたび母機から射出されたら,有効な迎撃手段はありませんでした(※)。

そこで,アメリカ軍は射出される前に,母機もろとも殲滅するという手段にでます。その結果,米軍艦に達すること叶わず,撃墜されてしまうことがほとんどでした。この特攻兵器に搭乗した乗組員55名が,その命を失ったとされます。

今年も夏が来ました。蝉時雨の中,狂気の記憶を後世に伝えるべく,櫻花は今も静かに壕の中にたたずんでいます。

※当時の主力戦闘機の速度は時速600~700km程度,ドイツの超高速戦闘機ですら時速860kmでした。櫻花がいかに高速だったかがわかります。

櫻花公園:
所在地:茨城県鹿嶋市光

関連記事一覧